でんでんむしのかなしみ(新美 南吉)


先日、3歳の息子が突然、「私のせなかには悲しみがつまっているのです」と言いました。

突然どうしてしまったのだろう、、と少し心配になりましたが、先日読み聞かせた絵本の一節でした。

ごん狐で有名な、新美南吉さんの作品集です。

先ほどの息子の台詞は、この本に収録されていて、本のタイトルにもなっている 「でんでんむしのかなしみ」というお話から。

でんでんむしは、ある日突然、【大変なこと】に気がついてしまいます。

「わたしは いままで うっかりして いたけれど、 わたしの せなかの からの なかには かなしみが いっぱい つまって いるでは ないか」

悲しみの存在に気がついてしまったでんでんむしは、もう生きてはいられない、と、友人にその思いを話します。

すると、ともだちのでんでんむしはこう答えるのです。 それは あなただけではない。私のせなかにもかなしみはいっぱいだ、と。

他のともだちに聞いても、また別のともだちに聞いても、こたえは同じ。 そして、でんでんむしが行き着いた答えは、、、?

文章は少なく、わずか5ページ。でも大人が読んでも考えさせられるお話です。

以前に美智子皇后が引用されたことでも有名なようです。 宮内庁のウェブサイト

幼児期の子どもの心理特性に、「自己中心性」というものがあります。

いわゆる「ジコチュウ」とは、少しニュアンスが違います。

自分を中心に世界をみているので、客観的にものごとをみたり、自分と違う価値観について考えることが難しい幼児特有の時期、という意味です。

「喜び」、「怒り」は、家庭の中で当たり前のように生まれます。

でも、他人の「悲しみ」を、幼児が共有する機会は少ない。親が自分の悲しみを子どもに示すことは、そうありませんから。

それでいいのだ、とも思います。悲しみという感情はあまりに重い。

ただ、幼児期にこういう絵本を読んで、理解できないまでも、「かなしさ」に触れてみる。とても大切なプロセスだと感じています。

以前、「悲しい本」という絵本をご紹介したときに、印象に残った言葉を2つ挙げました。(記事)

「悲しみとは何ものか?人をえらばない。そいつはやってきて、きみを見つける」

「私の悲しみだから。ほかの誰のものでもないのだから。」

誰も悲しくなんてなりたくない。だけど、その感情は自分の中に生まれた、とても大切なものでもあります。

他者の悲しみに触れる経験によって、自分の悲しみを大切にできる。そんなふうに成長していってほしいと思います。