悲しい本(マイケル・ローゼン)


「悲しい本」。 タイトルの通り、本当に悲しい絵本です。

これは悲しんでいる私だ。

この絵では、幸せそうに見えるかもしれない。

じつは、悲しいのだが、幸せなふりをしているのだ。

悲しく見えると、ひとに好かれないのではないかと思って

そうしているのだ。

・・・

これは、子ども向けではないのかもしれません。 夫が見つけてきたのですが、彼にしては珍しく、息子のために買うか少し迷ったそうです。

ずいぶん前に読んでいたのですが、 どう表現したらよいかわからず、今まで紹介ができずにいました。

あまりに深い悲しみを表した本で、 軽々しく言葉をつけられない、と思ったからです。

心から大切な人を亡くす悲しみ。

1ページ目。「悲しんでいる私」の顔があります。それは、涙を流しているわけでもなく、悲しそうな顔をしているでもない。

幸せそうなふりをしている、悲しんでいる顔。 心がからっぽ、カラカラになっているように見えます。

最初のこのページの衝撃は強いです。 そこから、その悲しみの感情に打ちひしがれ、逃げ、逃れられず、また向き合う。

決して希望に満ちあふれた終わり方ではなく、 かといってことさらにバッドエンドでもありません。

絵のタッチはむしろユーモラス。その中で、ただただ、悲しみと添い遂げる男の姿。

特に印象に残った言葉は、

「悲しみとは何ものか? 人をえらばない。 そいつはやってきて、きみを見つける」

「私の悲しみだから。ほかの誰のものでもないのだから。」

マイケル・ローゼン作、クエンティン・ブレイク絵、谷川俊太郎訳。

この3人がそれぞれの分野で素晴らしい仕事をして、この本の重み・深みが生まれています。

わざわざこんな本を読む必要はない。そんなことも考えます。

でも、いつかどうしようもない悲しみに私が見つけられてしまったとき、この本を読んでいたことが、なにかの助けになるかもしれません。

自分の悲しみを大切にして、 悲しんでいいんだ、と、少し気持ちが楽になるのかもしれません。

息子はたまに、「ママ、悲しい本読んで」と言います。読み聞かせますが、もちろん、理解はしていないでしょう。

彼はまだ本当に大事な何かを失ったことはないのだから。

そう考えた後で、先日息子がおもちゃをなくしてこの世の終わりのように泣き叫んでいたことを思い出し、、一概に「ないのだから」とは言えないな^^;と思いました。