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おおきな木:シェル・シルヴァスタイン


おおきな木

おおきな木

「いつでもそこにあるりんごの木。
成長し変わっていく少年。
それでも木は惜しみなく愛を与え続けた」(内容紹介より)

「ぼくを探しに」でも有名なシェル・シルヴァスタインの本を
村上春樹さんが訳しています。

おおきな木が大好きな少年。
少年が大好きなおおきな木。

二人はいつも仲良くあそんでいる。
でも、少年は大きくなり変わっていく。
金をほしがったり、自分の暮らしのために離れていったり。
それでも木は受け入れ、慈愛にみちた言葉をおくる。

時に身を犠牲にして。
何もなくなってしまっても、少年が幸せなら「木はしあわせ」、、、

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この本は色々な解釈ができる本だと思います。

私は読み終わったあと、釈然としないというか、
心にひっかかり、考え、何度も読み返しました。

私はこの木は母性の本だと思いました。
そして、少年はその母性に包まれ気ままに生きる子ども。

母親にとって、いくつになっても子どもは子ども。
文中でも老人になった男をまだ「少年」と記しています。

そして、子どもはいつの間にか母親を追い越した気持ちになってしまうのかな。
それが愚かなことなのか、成長ということなのか。

私は読みながら、ここまで子どもの好き勝手にされる人生はいやだなぁと
「おおきな木」に対して歯がゆい気持ちをもちました。
でも、いやだと思いながら想ってしまう、そういう面もわかる気がします。
そして、私自身も少年のようにふるまってきたような気もします。

この本の原題は「The Giving Tree」。
後半に出てくる「And tree was happy…. but not really.」という文がこの本のキモといえるでしょう。

現在発売されているのは、この村上春樹さん訳の本です。
Amazonのレビューなどをみると、1976年発行の本田錦一郎さんの訳本のほうがいい、
という意見もあるようですが、好みでしょうね。

村上春樹さんは、あとがきでこう言っています。
「あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。
それをあえて言葉にする必要もありません。
そのために物語というものがあるのです。
物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。」

英語が得意な方は、原文で読まれるとまた違った感想になるかもしれません。

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ちなみに、2歳半の息子にも読み聞かせしてみました。
案外長い文章のページもじっと聞いていました。
が、最後のころの文章で「りんごはもうひとつもないし」という言葉がでると決まって
「りんご、、食べたい・・・・ りんご食べたい!!!りーんーご!!」
と騒ぎだすので、のこり2〜3ページでいつも本を閉じることに^^;

前半のりんごの実が絵でもでてくる部分では平気なのに、子どもは不思議です。