幸福度


今日ポストに投函されていた
「リビング多摩」というフリーペーパーに書いてあったのですが、

読者にアンケートをとったところ、
ミセスの幸福度の総合平均点は10点満点中6.79だったそうなのです。

これは、精神的/経済的/個人として/子どもとの関係/夫との関係
それをでに対して10点満点で点数をつけ、平均化したもの。

経済的な幸福度はどの世代も5項目中一番低かったのですが、
幸福度は必ずしも収入の多さに比例するものではないという記事が面白かったです。

現在の経済状況に「満足」と答えた人よりも
「不満足」と答えた人の世帯収入の方が多かったというのです。

幸福の尺度は人それぞれ、ということで記事をしめくくっていました。

・・・と、読み終えたところでちょっと違和感。
確かに、幸せを決めるのは自分次第というのは納得です。
でも、不満足=不幸 ではないのではないだろうか。

別に、経済状況が不満足と答えることが悪いことではないと思うのです。

不満足という気持ちは、よりよいことを求めるモチベーションでもあると思うし、
不幸なのは不平不満をいってばかりで行動しないことなのかなと。

逆に、経済状況が平均以下であるけれど満足と答えることが向上心の欠如かというと、そんなのこともないんですよね。
それこそ、自分の幸せは自分が決めるってことなのだと思うのです。

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それから、世代によってそれぞれの項目のグラフの山谷が違うのも
なるほどね、、とこれから先を思いにつまされる(?)気持ちでみておりました。
例えば、20〜30代は子どもとの関係の幸福が高いけど、50代では低くなる、など。

先ほど、不満足=不幸ではないと書いたばかりですが、
他人(それが自分の子であっても)との関わりに幸福を求めようとしたときに、
自分の努力ではどうにもならないこともあるなぁ、、と思った次第です。

それ以外のことでも環境的要因などでどうにもならないこともあるとは思います。

たぶん、そういう時には相手をかえようとするのではなく、
自分が変わることで幸福に近づくことができるのかな。

そういえば、エリクソンという人の理論で、
人生を8段階にわけて、それぞれに「発達課題」と「心理社会的危機」を示したものがあります。

乳児期  (基本的信頼 対 不信)
児童期  (自律性  対 恥、疑惑)
遊戯期  (積極性  対 罪悪感)
学童期  (勤勉  対 劣等感)
青年期  (自我同一性 対 役割の分散)
壮年期  (親密さ  対 孤立)
中年期  (生殖性  対 自己没頭)
老年期  (統合性  対 絶望)
(※wikipediaからコピーさせてもらいました)

ちなみに、この 「A対B」という書き方は、
ざっくり言うと、Aが発達課題(解決するべき内容)、
Bがその課題に失敗した場合に味わうこと、ということになります。

ただ、エリクソンによるとこれは成功ばかり経験せよ
ということではなく、失敗もそれなりに経験する必要がある
ということを言っています。

赤ちゃんから成人するまでの成長は心身ともにわかりやすいですが、
大人になってからもこんなに課題があるのかと思うと、
ちょっと滅入る気もしますが(笑)、
私が既に「壮年期」(25-44歳)にの真ん中にいるということも
改めてびっくりしました。

と、長々と書いてしまい文章がちらかり気味ですが、
人生は長いようで短い。
同じ人生生きるなら、気持ち次第で変わるなら、
ハッピーに過ごしたほうが得ですよね(*^ー^*)