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自分の親と同じ叱り方をしてしまう


4歳の長男。最近ふざけて母によくやるのが、「パンツ丸見え〜」。いわゆるスカートめくりです。

男の子の宿命ともいえる行為。外でやらなければ、まあ笑ってすませばいいかな、と思うのですが…。駄目なんです、こういうのが。

親の記憶。

自分でもちょっと不思議です。普段は自他ともに認めるお調子者の私。

この手のことは気にしないタイプだと自分でも思うのですが、どうも「生理的に」無理。

結果、過剰に叱ってしまう。それが、さらに長男のいたずらを増長させてしまっている気がします。

なぜだろう、と考えながら数ヶ月経ち、思い出しました。

私の母もこの手のことに関しては潔癖。いつもは優しい母ですが、こういうことになると口を真一文字に結んで渋い顔をしていた気がするんです。

自分の幼少期の記憶が、子育てを通してふと思い返された瞬間でした。

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子育ては、繰りかえす?

それを夫に伝えると。

「俺は自分の親父とおなじ叱り方をしている、と思うときがあるよ。しかも嫌だと感じていた叱り方をまねてしまうんだ…。」と言っていました。

周りでも、おなじ意見がちらほら。

人生を振り返り、これまでに私が継続的に叱られた相手。親。学校の先生。会社の上司。

案外限られています。そして、中でも大半は親。

親の影響は、思ったより大きい。

親が自分に与えた影響は大きいんだなあ、と改めて気づかされました。

おそらく親というのは、親自身が思っているより子どもにとって怖い存在なんです。

自分がどんなふうに叱られていたか。はっきり覚えていなくとも身体にしみついているということでしょうか。

自分の親の叱り方。いい部分はまねていきたい。でも、厄介なことに、思い出せるのは自分が嫌だったなあと感じたことが多い。

叱られるということ自体が楽しいものではないので、それはしかたないことかもしれません。

とはいえ、自分が嫌だと感じていたことを、そのまま自分の子どもにするのはどうなのか。夫に相談してみました。

自分の親だって試行錯誤だった。

共通して出た意見は、親も試行錯誤しながら自分たちを叱っていたんだろう、ということ。これは、自分が親になると本当によくわかります。

子どものころに感じていた、親の言うことは絶対だ、という気持ち。実は全然そんなことなかったんですよね。

だから結局、自分たちもまちがえながら試行錯誤してやっていくしかないんだろう、と。

自分と、子どもは違う。

ふたつめは、自分たちと子どもは違う人間だということ。あたりまえですが、そう考えると、叱り方だって変えたほうがいい。

子どもたちがオリジナルの存在だということを尊重して、新しい叱り方、コミュニケーションをつくる。それを怠けてはいけないね、と。

子どものその先を考える。

もうひとつ出たのは、「自分たちの叱り方が、子どもにも受け継がれていく可能性があるんだよね」と。

いつかうちの二人の息子が大人になり、結婚して、子どもが生まれたとして。今の私たちの叱り方で、彼らが子どもを叱っているところを想像すると…。

うーん…。微妙です。ときどきその姿をイメージして、自分たちが変えられるところは変えていこう。そう夫と話をしました。

親も、0歳からはじまる

子どもを叱るということ。世の中にたくさんマニュアルはありますが、最後は一対一の関係。

相手の反応をじっくり見ながら、その家庭だけの形をつくっていくしかありません。

大変ですが、とてもやりがいのあることです。

子どもが0歳からはじまるように、親という立場だってゼロからのスタート。

そう開き直り、まずい叱り方をしたと思ったら、子どもにもきちんと謝って、一緒に成長していく。

そう意識しながら、日々試行錯誤していこうと思います。