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聞きわけがよくなっても、せつない(親のぜいたくな悩み)


「そうかぁ…」

4歳の息子が、最近ぼそりと口に出す言葉です。ちょっとさみしそうに、小声で「そうかぁ…」。

聞き分けがよいのはいいこと?

たとえば、昼間たくさんお菓子を食べたから、夕食後に果物は出さない。その約束をすっかり忘れていたとき。

急いで晩ご飯をかきこみ、「今日はミカンがいいな~」とウキウキ。

「あれ?言ったよね。今日はないよ」と私。

以前は、「そうだった!」と叫んで、すぐに別の遊びに夢中になったり、「なんで?ずるい!」と大声を上げていました。

でもこの頃は、「あっ…そういえば…」という表情をしたあと、「そうかぁ…」と言うことも。

子どもの成長を感じる反面、ちょっとせつなくなります。

ほしいものが手に入らないこと。

約束を忘れたくらいであれば、たいしたことはありません。でも、これから先、ほしいけど手に入らないものはどんどん増えていきます。

親にだって経済的な事情があるし、お金では手に入らないものだってあります。

クラスで人気者になること。リレーのメンバーに入ること。好きな子に振り向いてもらうこと。

だから、ほしいものが手に入らないときに、自分なりに感情の折り合いをつける。人間の成長には欠かせないことなんですけど…。

ほしい、と言ってほしい。

ただ、遠慮するわが子を見るのはせつない。

ほしい!ほしい!!とせがまれるほうが、いらないと言われるよりいいと思うようになるよ。以前、先輩ママに言われました。たしかにそうかもしれません。

聞きわけがいい。これは親にとって楽なこと。でも、それは子どもの本心なのか。

子どもが、あらかじめ自分の期待値を下げているだけではないか。

自分自身の子どものころを振り返ると。勝手に親の懐具合を心配してみたり、自分の限界を嘆いてみたり。

子どもながらに複雑な感情をもっていたなと思います。

今でこそ、それが成長に必要な過程だったとわかります。期待値を下げる、それだって自分の心を守る大切なわざ。

でも、親はきっとせつなく思うこともあったでしょう。今、私が感じているように。

親になってはじめてわかりました。ダメと言うことはあっても、親は子どもに一切の遠慮なんてしてほしくないのです。

今はほしいものだらけの息子。手に入れられれば100%の満面の笑み。

この喜びを体いっぱいにためこんで、大きくなっても屈託なく、「オレ、ほしいものがあるんだ〜」と言ってほしい。

つくづく親の勝手な願いですが、そう思います。

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